酒上不埒 三日(置き)坊主の日記

「浜松まつり」ではなく凧揚祭を愛し、あちこちのお祭りも愛する東田組HP管理人の日記
<   2011年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧
2011年旧盆沖縄見物記 intermission 沖縄世界遺産観光
エイサー見物二日目の日記、の前に昼間の日記です。

「琉球王国のグスクと関連遺産群」8箇所のうち、これまでに見たことがあるのは前日の玉陵を含めて5箇所(首里城・園比屋武御嶽・勝連城・中城城・玉陵。園比屋武御嶽を独立した遺産としてカウントした場合)。

ということで、残り4箇所のうち本日は2箇所を見学。
その1 王家の別荘兼迎賓館 「識名園」
b0088002_15362580.jpgb0088002_15371469.jpg

建物のいいアングルを探して茂みに足を突っ込もうとしたら↓
b0088002_15374012.jpg
あっぶねぇ~~~^^;


園内の高台「勧耕台」から見た那覇市内の景色。
b0088002_15425545.jpg



その2 第一尚氏王朝の武将、護佐丸が作った「座喜味城」
b0088002_1543368.jpg

b0088002_15435941.jpg

b0088002_15442286.jpg


沖縄のあちこちで見かける「松になりそこなったような植物」の正体、モクマオウの木です。
b0088002_15445176.jpg

b0088002_15451497.jpg

で、こちら↓が正しいリュウキュウマツ
b0088002_15454123.jpg


夕方に夕日の名所、残波岬にも行ったのですが、残念ながら曇り空でいい夕日にはなりませんでした^^
b0088002_15461954.jpg

b0088002_1547126.jpg


おまけ^^
b0088002_15481067.gif

[PR]
by talisker1969 | 2011-09-04 15:49 | Comments(0)
2011年旧盆沖縄見物記 その1 ウンケー(お迎え 8/12)
今年も某所の日記と同じ内容の連動?企画です。

今年も行ってきてしまいました。旧暦のお盆の沖縄へ。

どこまでも青い海、真っ白な浜辺、そしてエイサー!!
海のすばらしさは多くの人が紹介するでしょうから、海以外の内容を書いていきたいと思います。

今年は沖縄のお盆(旧暦7月13~15日=今年の場合8月12~14日)と、本土の月遅れのお盆が重なった関係で、飛行機運賃だけで大散財になってしまいましたが、とても楽しい日々を過ごしてきました。

初日は那覇国際通り宿泊だったのですが、初日からエイサーの追っかけをしたかったので、レンタカーを借りて。

初日の食い物一発目は「ここのそばが美味しいから行っておいでよ」と知人に勧められて行ってきた首里の「首里そば」
b0088002_14285989.jpg

やや固ゆでなのに、沖縄そばにコシを与えるために使われる木灰のえぐみが全くない。
一緒にいただいたじゅうしい(雑炊=炊き込みご飯)もおいしゅうございました。


で、お腹も落ち着いてきたところで、世界遺産の一つである玉陵(たまうどぅん)
王家の代々の陵墓です。
b0088002_14302197.jpg


で、ホテルに着いたらシャワーで軽く汗を流してエイサーの情報収集。沖縄までノートPCを持って行った甲斐がありました。
出発前からここまでで得た基本情報として、
・沖縄市の中心部は園田や胡屋などに代表されるコザ地区と、泡瀬などのチョンダラー芸で有名な美里地区の大きく二つに分けられる。
・道ジュネーは早くても17:00以降、一般的には日没後動き出す青年会が多い。
・お盆の供養や新築・結婚などのお祝いのほか、飲食店からの寄付などで演舞をやることが多いので、著名店や目印になる建物の名前をいくつか覚えておくこと。
・複数の青年会が合流することもあるので、ガーエーや合同演舞などの情報は各種SNSや掲示板などを常に心がけておくこと。

 そんなこんなでエイサー探しに出発です。
去年のエイサー見物は、勝連半島の平敷屋青年会を除くと、国道330号線を中心に移動していたので、今年も初日のコザ地区は330号線沿いを中心に見て回ることを考えていました。
これは園田・胡屋・諸見里などの青年会を昨年330周辺で発見できたからでもありますが、そのほかにも330沿いには久保田青年会のある久保田地区もあるし、エイサー合戦の「ガーエー」のメッカでもある諸見百軒通りもあるという点が、素人考えに魅力だったからです。
 330を流していると、緑色の装束を着たエイサー団体を発見。しかも昨年泊まったホテルの目の前!
b0088002_1431563.jpg


 そこですぐにコインパーキングに車を入れ、エイサー追っかけ開始!
 コンビニ前で休憩しているのに追いつき、幟旗を見ると「中の町青年会」。スーリ東で出発した姿に心を引かれました。


 ごめんなさい。最初僕は「名前は知らなかったけど、さすが園田や呉屋・諸見里に囲まれた地域だけあってクオリティはあるなぁ」とか不遜にも思っていました。
 ところがあとから聞くと、中の町青年会、なんと今年30年ぶりの再結成だとのこと。
 つまり、町でエイサーをやっている青年が30年間いなかったわけで、それでいてこのクオリティですから恐れ入ります。琉球新報のネット記事を見ると、「青年会の一環としてのエイサーではあるけれども、エイサーのためだけの青年会ではない。地域のための青年会として活動していきたい」という、涙の出るような記事。


 中の町はそのまま空港通りを道ジュネーしていきます。っていうか、それにしてもこの町並み、看板も日本語より英語表記ばっかだったし……


 さて、そんなこんなで中の町から離れて、別の青年会を探しに出かけると、タイミングよく某居酒屋前で園田青年会を発見。すぐについて行く。
b0088002_14335866.jpg
b0088002_14361237.jpg



 向こうのカーラジオで聞いたところによると、今のエイサー装束(マンサージ・打掛・白脚絆)を考案したのが園田青年会だそうですね。




充分満喫して、そのほかの青年会がこの近辺にいないかと移動を開始したら、去年見つけられなかった久保田青年会に遭遇!

b0088002_14384814.jpg


ここで、去年見た平敷屋に通じる感動をしました。

時間も遅くなってきたので、北谷方面に向かおうとしたら、南桃原青年会に遭遇。
b0088002_14411013.jpg

b0088002_14414845.jpg

やっぱりどこの青年会も、真剣にやっている男たちの目はかっこいいよなぁ。


そして、北谷方面に向かったのですが、残念ながらポリテクセンターのちょっと先で終了後の休憩をしていた謝苅を発見。残念!間に合わなかったか……
ということで、中日の記録はまた後日。
[PR]
by talisker1969 | 2011-09-04 14:47 | エイサー | Comments(0)


by talisker1969
プロフィールを見る
画像一覧
お断り
 このページは、東田組の公式見解ではなく、あくまでも個人ブログです。また、単なる凧そのものや、「浜松まつり」と区別して、私達の凧揚祭を「凧」とカッコ付きにしてあります。「おまつり広場」だの「吹奏楽パレード」だの「日本民謡総おどり」だのを含んだ行政主導のイベントについて、およびほかの人の引用部分は「浜松まつり」と表記してあります。あくまでも旧来続いてきた凧合戦と屋台を焦点に据えていますので、それを頭に入れてこの日記をお読みください。
 リンクご希望の方は↓からメールいただけると幸いです。
浜松凧揚祭 東田組凧揚会
カテゴリ
以前の記事
外部リンク
お気に入りブログ
最新のコメント
ご参加いただき、ありがと..
by talisker1969 at 23:27
当日になってしまって済み..
by talisker1969 at 17:06
>doskey様 コメ..
by talisker1969 at 21:55
あの太鼓から腹の底まで響..
by doskey at 19:01
ご祭禮おめでとうございま..
by ろう at 11:30
>遠州人 さま ようこ..
by talisker1969 at 21:23
 大変ご無沙汰しておりま..
by 遠州人 at 20:47
お返事遅くなりまして申し..
by talisker1969 at 23:19
歴史ある雄踏の祭にガラが..
by 凧揚げ祭は中田島海岸でやってく at 15:00
発言者様> まことに失..
by talisker1969 at 21:29
最新のトラックバック
「浜松まつり」中止を考える会
from ウエスタンパブ駅馬車
掛川祭り、最終日
from 「深」のめも
合戦
from 天の杜
検索
タグ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧