酒上不埒 三日(置き)坊主の日記

「浜松まつり」ではなく凧揚祭を愛し、あちこちのお祭りも愛する東田組HP管理人の日記
カテゴリ:祭全般( 25 )
総括2
今年の画像&動画を整理しているのですが、撮ったはずなのにうっかり消してしまったらしく、見つからないものいくつかあってがっかりしているところです。
今回は資料紛失につき「あ~~~~~!!」のリストから

・笠井
  二俣系のお祭りのノリが素敵なのです。ラッパがなければ完璧。
  嗚呼それなのに、動画がほとんど残っていないのは何故?
・山東
  相生の猛スピードの曳き回しを撮ったはずなのにこちらも行方不明。嗚呼……

さて、素敵なお祭りはまだまだあります。
・新橋
  入野系とはまた違う側面打ち発見!彫刻も深い味わいがありました。
  町の古い衆に聞いたら、すぐに「大村善太郎」の名前が返って来たから、屋台に対する見識の深さも西遠地方ではかなり高い部類に入るんじゃないでしょうか?

・森町飯田
  国重文の森町の舞楽はまだここしか見たことがないんですが、舞楽を守る姿勢が美しすぎです。小国神社と天宮神社もぜひ見に行きたいです。

素敵なお祭りとの邂逅、まだまだ続きます。
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by talisker1969 | 2006-12-02 23:46 | 祭全般
 遠州三河地区祭典見物履歴
 これまでに最低でも一回、それも30分以上は滞在して祭典の雰囲気や屋台・神輿・舞楽・神楽などを見物したお祭りを備忘のために記録しておきます。(当然「凧」は除く)
 四月  遠州横須賀三熊野神社
 六月  浜松松尾神社
 七月  袋井山梨地区・森町飯田山名神社・浜松天王大歳神社
 八月  浜松笠井春日神社・天竜山東地区・二俣祭り・浜北貴布祢神社・浜北於呂地区
 九月  遠州横須賀ちいねり・掛川市日坂事任八幡宮・浜北宮口六所神社
 十月  磐田府八幡宮・浜松入野地区・小沢渡八柱神社・新橋親合神社・佐浜貴船神社
     雄踏息神社・豊田町若宮八幡宮・三河三谷・袋井祭り・掛川祭・森町天方地区・
     掛塚貴船神社・春野気多南宮神社
 十一月 森の祭り・東栄町足込花祭

 こうして見てみると、結構行ってないところがあるね。有名どころでは福田や蒲のゴシン様が抜けてるし、浅羽や菊川も行っていない。愛知県に至っては三河三谷だけ。豊川のうなごうじだとか知多半島方面・尾張横須賀もノーマーク。
 とすれば、まだまだ楽しみは尽きないようで……
画像なしも淋しいので、今回は森の祭り。金守神社前の曳き合せです。
b0088002_20303025.jpg

↓動画は森の栄町近辺。南側五ヶ町が金守神社を出て城下へ向かうところです。

http://www.youtube.com/watch?v=P1UWEeNZ0Zk

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by talisker1969 | 2006-11-09 20:30 | 祭全般
屋台の作者
 屋台の資料を作るときに一番問題になるのが、「作者」なんだそうです。
 「そんなもんいろいろな人に聞き取りをすりゃいいじゃん」となりそうなんですが、実はそうも行かないんだそうで……

 作る側としては当然のことながら、
 「ちゃんと本人や家族の方に確認してもらわないと困るんだけれどね。作る側としては『俺が作ったぞ』ってことが消えちゃうわけだから。」
 当然の話です。

 ところが、遠州の屋台研究で有名な某氏曰く、
 「明らかに町の人が間違っていても、町の人の言葉をそのまんま記録しないと、後から町民に苦情を言われることがあるんです。だから、例えば『彫栄堂』と『早瀬利三郎』をどっちかに統一することはおろか、町の人の勘違いや共同作業に関しての確認さえままならなくて……」
 意外に難しい話です。
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by talisker1969 | 2006-10-20 00:22 | 祭全般
掛川雑感
掛川の大祭(御城下のほうね)を見物して帰ってきて。なぜかBEGINの「島人ぬ宝」が頭の中をぐるぐる回っています。

いや、なぜかと言うのが既にナンセンスですね。
「僕が生まれたこの島の唄を/僕はどれくらい知ってるんだろう/トゥバラーマもデンサー節も/ことばの意味さえ分からない」この部分が頭の中で鳴り響いています。
この言葉をヤマトンチュに突きつけなおしたら、やはり同じでしょう。「能楽や歌舞伎の、謡もセリフも聞き取れない」、相当数の人がそうじゃないでしょうか。若い人にいたってはなおさら。
日本の伝統芸能を「難しい」だの「わからん」だの言って敬遠してきた日本人は、今や「専門家に頼まないと自分たちの民族衣装すら着ることができない」という、諸外国の人が聞いたら目を回しそうな状況にあると思います。

「だって着物って窮屈じゃん。動きにくいし。アウトドア向けじゃないよね」なんて言葉がのさばっていますし(野袴を知らんのか野袴を!?)。
永六輔の本にあった言葉「着物を窮屈にしたのは着付け教室」ってのがもし本当だとしたら、(表向き)伝統を守る側が伝統を破壊しているんだから、何をかいわんや。

話を元に戻しましょう。
しかし、掛川の人達はきちんと伝統芸能に向き合っていました。
大名行列・木獅子・大獅子はもちろんですが、無精髭の無骨なアンチャンが「木遣」を披露し、あるいは小さな子供たちが「浦島」や「吉原雀」を踊り、はたまた町中で「おいとこ」の総踊り。引き綱の中に入る人達の法被の丈を見れば、その気合と言うものは知れようというもの。
あれだけのものを見せられても、まだまだ掛川の人の間では「踊りがまずくなったという声には耳を傾けたい」とか「どこの馬の骨とも知れない法被を着ている若造がいる」とか「囃子をやりたがらない子供が増えて……」と、多くの人が現状を憂えている。

自分たちの祭りの現状を憂えている浜松人は、いったいどれくらいいるんでしょうか?
自虐趣味はないんでこんな物言いは嫌いなんだけれど、なんとかせんと浜松の祭りは肥大化によって滅びますよ。
祭りで育った人間がきちんと祭りの本道に目を向けないと!
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by talisker1969 | 2006-10-10 22:47 | 祭全般
訃報
の組(野口町)ほか遠州地方の多くの屋台彫刻に携わった越前三国の堂宮彫刻師、二代目志村流張(本名:志村孝)さんが、6月6日永眠されたそうです。

父である初代志村流張(志村桑次郎)さんは名古屋の生まれで、半田の彫常(新美常次郎)さんに学び、そのため、尾張彫刻の系譜を汲むという意味で「流張」という号を付けられています。

孝さんもその系譜を受け継ぎ、堂宮彫刻から仏壇彫刻まで多くの仕事をこなされています。

遠州地方では上掲のの組や相生町のほかに、浜松笠井の西魁団(西ノ山)、二俣白糸連(本町)、掛川肴町区、森町の水哉社(本町)・北街社(新町)・湧水社(南町)、袋井の真進車(中央町)・高稜車(大門)ほか多くの屋台に携わっておいでです。(全て掲載したかったのですが、資料不足のため、そのほかの屋台は割愛させていただきます)。

b0088002_2013631.jpg「唐子の志村」とも言われ、の組の彫刻高欄や森町北街社の欄間などに素晴らしい唐子彫刻を残されました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。
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by talisker1969 | 2006-06-18 20:13 | 祭全般


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お断り
 このページは、東田組の公式見解ではなく、あくまでも個人ブログです。また、単なる凧そのものや、「浜松まつり」と区別して、私達の凧揚祭を「凧」とカッコ付きにしてあります。「おまつり広場」だの「吹奏楽パレード」だの「日本民謡総おどり」だのを含んだ行政主導のイベントについて、およびほかの人の引用部分は「浜松まつり」と表記してあります。あくまでも旧来続いてきた凧合戦と屋台を焦点に据えていますので、それを頭に入れてこの日記をお読みください。
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